2025年作の「A Kind of Madness」は、認知症を患う妻を介護施設から連れ出した70歳の夫が、警察と成人した子どもたちから逃亡するという緊張感のあるロードムービーです。単純な追跡劇にとどまらず、過去の思い出や夫婦の絆が断片的に回想され、観客は彼の行動が暴挙なのか最後の愛の表現なのかを揺さぶられます。逃亡の中で見せる日常の断片や小さな優しさが、物語に切なさと倫理的な複雑さを加えています。
本作は老いと記憶、家族の責任を静かに描きながら、法と道徳の境界を問いかけます。抑制の効いた演出と俳優たちの繊細な演技が、暴力性や悲劇を過度に描くことなく人物の内面を浮かび上がらせ、観る者に深い余韻を残します。記憶の喪失と向き合うことの痛み、そしてそれでもなお続く人間同士の結びつきが胸に迫る一作です。